月さえも眠る夜〜闇をいだく天使〜

7.悲しみの風景


今回の災害の犠牲となった王立派遣軍の殉職者に対する慰霊式典が、主星で静かに執り行われた。
聖地からの出席者は夢の守護聖オリヴィエと、風の守護聖ランディ、そして女王補佐官のアンジェリークであった。
普段の正装とは違い、三人は黒を基調とした喪服のような礼服を着ている。

遺族の席の前で黙って礼をするアンジェリーク。
今回の件の最高責任者であった彼女への遺族の視線は、冷たく、厳しい。
その様子をみて、風の守護聖は怒りにも似た感情が湧きあがるのを抑えられない。
彼女も、遺族としての痛みを抱えているのに。
けれど、アンジェリークは遺族の批判めいた視線を黙って受け入れている。
その時、遺族のひとりなのだろう。深い青の瞳の女性がアンジェリークにつかみかかった。
あの人を返して、そう叫びながら。

「やめろ!」

ランディがアンジェリークをかばって前に出た。
しかしその肩にアンジェリークはそっと手をかけ、いいのよ、とつぶやく。
一歩前に歩み出てその女性を抱き締めるアンジェリーク。
言葉による謝罪も、涙もなかった。
ただ、怒りから、悲しみに表情を変えて終に泣き崩れたその女性をずっと、ずっと、抱き締めている。
ランディは困惑してオリヴィエに救いの視線を投げたが夢の守護聖は、アンジェリークの気の済むようにしておきなさい、といったふうに黙って頷くだけだった。

―― 何よりも、問題なのはアンジェが「自分のせい」だと思っているってことか。
確かに緊急の必要無し、と判断を下したのは、彼女自身だった。
しかし、調査データを後で聖地の王立研究所で洗い直しても今回の事件は、予測不可能だった、という結論しか出なかった。
それでも、自分を責めてしまうものなのだろう。
青白い顔をしたアンジェリークにランディは辛くなる。
いつも自分が口にする「がんばれよ」とか、「元気だせよ」なんて言葉はきっと、逆に残酷な刃と化すだろう。
今の彼女を癒せるのは、時間だけ、なのだろうか。
涙もみせないかわりに、笑顔も消えた天使。
どうか、彼女に明日を乗り越える勇気がうまれるように。
彼がはそう願いう。
振り仰いだ空に、青い風が吹いた。

◇◆◇◆◇

慰霊式典が終了し三人は聖地に戻ってきた。
ランディと別れた後、オリヴィエとアンジェリークもそれぞれ私邸に戻ろうとした時、アンジェリークがオリヴィエに問い掛ける。
「あの、一昨日お願いした書類の件、もうできていますか?」
ああ、といった顔をしてオリヴィエは
「できてるけど、あれ、明日でいいんだよね?提出。私邸におきっぱなしだよ?」
と言う。
「……この後時間があるので、片づけてしまおうと思って。もし、できてるのなら、これから取りに伺います」
アンジェリークの言葉に夢の守護聖は苦いため息をつく。
「少し、やすみなよ。アンジェリーク。そんなんじゃオハダ荒れるよ」
微笑みもせずにアンジェリークは言う。
「……何かを、していたいんです。だから」
張り詰めた精神のバランスを取るのが精一杯なのだろう。
忙しさにととり紛れて、何も考えないようにしていたい、と言う気持ちがみえかくれする。
彼女の精神を繋ぐ細い一本の線が切れた時、彼女はどうなってっしまうのだろうか?
「わかった、じゃあ、うちまで一緒にいこっか」
それだけ言って、オリヴィエはアンジェリークを促し歩き出した。

 
書類をうけとり、夢の守護聖の館を後にしようとしたアンジェリークの前に、ふいに白いものが舞う。
一瞬、雪かと思ったそれはどうやら花弁のようであった。
その出所をたどるべく、アンジェリークは歩みを進める。
そして辿り着いた庭園。
どうやらオリヴィエの館の一部のようだが、あの夢の守護聖の趣味とはかけ離れているような気がする。
見慣れない様式の、庭園。
でも、どこか幻想的で落ち着いた気持ちになるわ。
そしてその庭の橋脇に満開の白い花木を見つけた。
 
聖地の青空に、くっきりと浮かびあがる老木の白い、花
吹く風にあおられ
潸々と、潸々と
花弁が散り空高く舞い上がる。

それを追って視線が空へ向かう。
どこまでも、どこまでも、青い空。
雪のように白く輝く花弁。
きらきらと輝いて、なんて綺麗なのだろう。
目に、心に、染みるほどに美しい。
泣きたいほどに、美しい。
まるで、夢をみているみたい。
そう思った時に、アンジェリークの瞳から涙が零れ落ちた。
あとから、あとから、とめどなく涙は零れる。
青い空が涙でぼんやり霞んだ。

幸せな時に、すべての風景が美しいと感じるのだと思っていた。
でも、悲しい時も、すべての風景が泣きたいほど美しいと感じるのかもしれない。


その夜、ゼフェルが直したオルゴールのメロディがただ、静かに流れる中、
アンジェリークはセリオーンの死後、はじめて声をだして泣いた。


◇「8・やまない雨と咲かぬ花」へ ◇
◇「彩雲の本棚」へ ◇
◇「月さえも眠る夜・闇をいだく天使――目次」へ ◇